昭和42年9月21日 夜の御理解     



 大きな信心をせよ、と。大きな信心には行き詰まりがない。小さな信心より、大きな信心を。行き詰まりのない、どんな場合でも迷うことのない信心。それは、やはり大きな信心をしてもらわなければ。けれども私は、一足飛びに大きい信心が出けよるなあ、と。やはり、小さい信心から、そして、やや大きな信心。そして、いよいよ、限りない大きな信心に進んで行かなければならん。まあ、問題は小さい信心がいつまでも続いておったんじゃならないというだけのこと。
 ですから、小さい信心も大事でしょう。小さい信心から、本当に神様を分からせてもらい、(     )が育って行くにしたがって、こう、なら、いわゆる、迷いのない大きな信心。行き詰まりのない、大きな信心(        )。今朝から、昨日、筑水連合会の信心共励会が、北野の教会で、堤さん、大和さん、中村さん辺りがお出でられたらしいんですけれども。もう、それこそ、各教会の人が体験発表したのが、みんな、そのおかげを頂いたおかげ話ばっかりだったらしいんですよ。 そいでもう済んでからその平田さんが、もう、それこそ、大変なその、まあ、言えばお叱りだったそうなんですね。
 特に、甘木の教会の信者さんは、その、病気で助かったお話をしとるんですね。甘木の教会ともあろう信者が、おかげ話ばしてから、と言うてから、とこう言う。それを聞かせて頂いて、たしかにその、平田さん辺りのような大きな信心、まあ、言うなら立派な信心をなさっておられるんですから、子供が信心しておる、小さい信心をしておるのは歯がゆいようにもあるだろう。
 本当な信心さえ頂きゃあ、おかげはいらん。いらんと言うても頂けるのだから、大きな信心せろと、こう言われるのが平田さんの言うことであっただろうと、こう思うのですけれども。さあ、それからという風にですね、一足飛びにそんな大きな信心が出けるはずはないのですたい。
 その話、聞かせて頂いた時に、私はこんなことを思ったんですけれどもね。本当に、あの、私どもは、まだまだ、言うならば、その、おやつをもらうから、そのおやつの楽しみが、日々、こうやって、修行でもさせて頂いておるという、まあ、厳密に言うたら、そうだと、こう思うのです。m
 もう、何も、おかげも何もない。特にその、無味乾燥な、ね、それでも信心しておるといったようなことを、まあ、とても私どもには出けない。やはり、この、おやつを頂く、おやつを楽しみに、言うならば信心をしておると言うても良いのですけれどもです。
 だからと言うて、んなら、いつまでもいつまでも、おやつがなからなければ親の手伝いもせん。おやつがなからなければ言うことを聞かんというようなことであっては、ただ、それだけのこと。ね。そこで、やはり私は、ここに心機一転と申しましょうかね。何かの機械、何かのチャンスを掴んで、やはりその、もう、いやあ、もう、おやつはいらんぞ、と。もう、決しておやつやらもらわんぞ、と。
 本気で働かせて頂くぞ、というようなですね、おかげを頂かせてもらわなければならない。やはり、それぞれに一つのきっかけていうのがあるんですよね。
先日、あの、2~3日前でした。栄四郎が学校から帰って、その、事務室で一人、何かつくねんとしとりますもん。ちょっと、用が出来ましたもん。一人で物思いにでもふったごたる風で、何か、それこそわが想いにふけっとるしてからこうしとりますけん、栄四郎くん、どうしたつねち私が言うたら、いや別にち言い寄りました。
 で私は、それからすぐ、食堂の方へ参りましたら、あの、家内に何か泣いてとつきよりますもん。はあ、やっぱ何かがあったんだなと思うておりました。話を聞いたところがですね、その、栄四郎が何か悪いことしたち。ただ、その、明日、お母さんに学校へ来いて、その、先生から言われたらしいんです。そのことを言うのが、栄四郎としては辛かったらしいんですね。
 お母さんに、明日、あの、僕が悪いことしたけんで、それもその、悪いことじゃないらしいです。誰かが、この、まあ、言いつけたらしいんですよね。ところが、僕はそんな悪いことはしとらんと、こう言う。それでも、その先生がそれを間に受けて、とにかく明日は、お前、お母さんに学校に来るごと言え。もう、お前はそげなことするなら、もう、草野には残らせん。もう、大橋の学校にやるぞち言うちから、もう、その大橋の学校にやるぞと言われたのが、その、きつかったらしいんですよね。
 で、そのことを、母親にとっつけとるんです。そんなして、それを聞かせて頂きよってから、あの、まあ、申しましたことですけれども、栄四郎くん、あんたが言うように、あんたが悪いことをしとらんかも知れん。けれども、日頃が日頃だから、アンタがそういう風に、言うなら、色眼鏡で見られるとじゃん。ね。
 明日から、本気でいっちょ真面目になりなさい、本気で勉強しなさいち。勉強でん何でん出来よるとね、大抵なことは、先生が大目に、例え悪いことしたっちゃ。ね。それで、もう、今まで一時間勉強しよったのを二時間勉強しなさいち。そして、先生を見返してやりなさいと申しましたんです。
 そしたら、もう、その日から、その二階に上がってから、やっぱ一生懸命勉強しよるんですね。で、私が帰って来てから、その、あの、先生が、あげん言うとったばってん、お母さんが来て、来なさらんでよかごと電話ばかけろち言いなさったそうです。私も、前の日から、もう、行かんでよか、家内に言いよりました。とにかく、その、母親に自分のことを言うのに、まあ、本当に言いにくいことを言うだけでも、本人は何か心に恥じたことがあるだろうから。子供なりにも、やはり、それがプラスになるか、と。そこんところへ(   )。ね。あの日の、あのことを境に、なら、勉強でもするごとなった。何か、そういうような、一つのきっかけがいるですね。(何々出るごたると付けねば?)ならんようなことがです、ね。また、苦しい思いやら恥ずかしいやら、様々な問題をつかんで、そこから、私は、日頃勉強しようごとなかのを勉強するごとなった。それで本気での信心を分からせてもらおう、勤めるようになったという、なかなか、その、喧しゅう言うたからと言うてです、ね、その、アンタどんが、そのおかげ話ばっかりしてから、と。ね。
 本当な信心を語れといかに言われましても、その、おかげ信心じゃつまらん、大きな信心せにゃと言われてもです、一足飛びにその大きな信心が出来るとは思われんのでございます。ね。そこで、私は思うんです。私達が、その大きな信心になって行くということは、その、どういうようなことか、と。先ほど、御祈念にかかる前でした。田中さんがお礼に出てみえて。(こんけん?)の田中さんです。
 今朝からお夢を頂きましたち。それが、先生が、その、紋付袴を着けられてから、脱穀機を一生懸命にこいでおられる。言うならば、取り上げの真っ最中ちゅうこと。ところが、その、皆さんがお手伝いをなさっておられる。私も子供を負んぶしておったけども、子供を横においてから、まあ、お手伝いをさせて頂いておったというようなお知らせであったと、こう言うのです。ね。
 最近、教団では、その、団体の助かりということが言われております。一人の助かりじゃなくても、団体一緒に助かって行こう、と。教団の人達が一緒に助かって行こうというような運動なんです。ですから、そういうような大きなことを一遍に言うても出来ませんけれども、段々信心のけいこをさせて頂きよって、特に、なら、合楽の方達の場合はです、ね、最近は、ああして合楽会というようなものが出けて、信心が分からんけれども、まあ、とにかく30人~40名の方が合楽会に入って、まあ、信心のけいこというよりも、信心の雰囲気を、その、どんなもんだろうかと、まあ、もう、ようになさっておられるというような程度の方達がたくさんある。
 そん中に、5人10人は、やはり、真剣に参ってみえる方達もあるけれども、そこで田中さん、あなた方の場合なんかは、その、中心になっておられる方達なんだ。言うなら、日参り夜参りなさっておられるのだ。そこで、せめて、せめて合楽の教会に御神縁を頂いておる、せめて、合楽の部落の方達だけのことだけにおいても、一生懸命で祈れれるような信心を頂かせて頂いて。私(                       )その親先生の祈りに合わせて、(          )助けれるようなおかげを頂くならどうだろうか。私ども何人かの者が、一生懸命、信心するのではなくて、合楽会の者、40名なら40名の方だけは、本気で信心が出来られるように祈らなければ。合楽の部落全体の幸せを願わせてもらう、合楽の繁盛を願わせてもらう。もう、そこに田中の小さい信心から、やや大きな信心に移っていく。ね。
 そこんところを、一つ願いとして行けというお知らせじゃなかろうか。私が脱穀をする、一つのその、今度の中心になっておるならば、それに皆さんが手伝わせてもらう。いわゆる、私の祈りと祈りを同じくするというような雰囲気になって来るということが、いわば、小さい信心から大きな信心になって行くんじゃなかろうかと言うて、まあ、話したことでございますけれども。ね。
 皆さんの信心でもそうです。私は決して、おかげ信心じゃいかんと言うのじゃない。ね。こまい信心じゃいかんという意味じゃない。けれどもです、何かの機会をとらえてはそれが、やや育てて行くところの願いを持たなければいけない。まして、自分の関係のある、自分の部落の人。同じ信心の同士として、たちのことをです、祈り合い、願い合いをさせて頂くような雰囲気が、私は、やや信心が大きゅうなって行くということである、と。
 合楽全体の助かりが、そのまま、田中の家もその中にあるということなんです。ね。ですから、とにかく、その、合楽なら合楽全体のことが、本気で祈れれるようにならせて頂いたら、田中の家はそんな・・・・・ (テープが聞こえなくなる)